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生活保護の住宅扶助引き下げ②




・住宅扶助の基準額はどのようにして決まってきたのか?

住宅扶助は、生活保護のなかの住宅費です。生活保護法がいまの形になったときに、生活保護を受けている人たちが実際の家賃をカバーできるように(「住宅費実費主義」)、単給(住宅費の扶助だけを受けることができる)と特別基準(特定の世帯で住宅費が基準額を超えた場合に補助するもの)という仕組みができたそうです。いま単給の事例はあまりないそうなのですが、歴史上はあった、そうです。

住宅扶助の各地域での基準になる金額は、あくまで目安です。それを上限として運用されるものではありませんでした。基準額を超えている場合は、特別基準でフォローというのが本来の形でした。ところが、いまは基準額が上限であるかのように語られて、上限を超える場合は引越し指導がされることが多いです。

そもそも住宅扶助の基準額は、まずはその地域の公営住宅の家賃が参考にされたり、実際の生活保護を受けている人たちの家賃がカバーできるかという実態から、決められていたそうです。「住宅費実費主義」というわけです。


・住宅扶助基準額の引き下げにどのような根拠があるのか?

新しい基準として、2011年から消費者物価指数・家賃物価指数などの指標をつかった実態把握がありました。そして、2014年からの社会保障審議会生活保護基準部会の資料を読んでいると、住宅扶助基準額引き下げに向けた議論が出ていました。部会の委員になった有識者たちが提起して、実態把握をしました。そこで示されたデータは、ざっくり言うと、一般世帯と生活保護世帯を分けて、最低生活に必要な床面積・設備とその達成率を示したものです(まだまだ精度を改善する余地がある統計とは言われています…)。

単身世帯では、一般世帯は達成率60%、生活保護世帯は31%。二人以上世帯では、一般世帯は達成率74%、生活保護世帯は55%。

これを見て「あれ?」と思いました。

くわえて、実際の家賃額は、上限と解されることの多い住宅扶助基準額の値に固まっていることや、貧困ビジネスで狭隘住宅に集団で住ませているケースなどをあげて、不正受給的な指摘につながる資料があげられています。他方で、福祉事務所のケースワーカーが高額家賃で疑義ありとしているのは、全体の0.6%ともされているのです。

「あれれ?」

ということは、要するに、基準部会データが示しているのは、いまの基準額では、最低生活を保障する床面積・設備が達成できておらず、住宅扶助引き上げが必要、という話にしかなりようがありません。報道陣が、貧困ビジネスを大きく報じて、床面積・設備の未達成率を出すのは、生活扶助引き下げのときの不正受給報道と同じ効果があるのかもしれません。根拠のない住宅扶助引き下げを、国民の負の感情によって正当化する作用があると思います。


・住宅扶助引き下げの実際

2015年7月から住宅扶助の引き下げがあります。いまケースワーカーが各世帯を訪問して、引き下げ後の金額の説明をしています。あるケースワーカーが訪問時に、当日もってきた説明資料にある世帯人数毎の最低床面積データについて説明を求めたところ、貧困ビジネス対策と語っていました。ひっかけ問題的にごめんなさい。でも、やっぱり。。基準部会で床面積データが要請され分析された意義を理解しておられないようでした。それもそのはず。貧困ビジネスと結びつけないと、引き下げのうっすらとした根拠にさえなりません。繰り返しになりますが、このデータが示すのは、現在の住宅扶助費では最低限の床面積・設備が保障されていないので、住宅扶助を引き上げないといけない、というものです。

京都市内では単身世帯では42500円から40000円に引き下げられます。そうなると、いま41000円のところに住んでいる人は基本的には引越しするようにと指導されるそうです。しかし、数年間(次回更新時と言われています)は経過措置として、足が出た分の家賃を出して、引越し指導もしない、という話にはなっているそうです。けれども、ケースワーカーの方たちが文脈を理解しきれないままに、引越し指導を行わないとも言い切れません。


・弱いもの同士を対立させる社会

2015年1月9日の社会保障審議会生活保護基準部会での議論を見てみると、なぜ引き下げられたのか、理由がわかりません。生活保護基準部会の委員は誰一人として引き下げに賛成していないです(引き下げ賛成派委員は欠席)。基準部会で提示されたデータからは、生活保護をむしろ引き上げるべき、という結論しか出ません。委員からは厚生労働省の統計操作に対する批判さえ出ていました。また住宅扶助本来の「家賃実費主義」に立ち返ると、さらにいっそう引き下げの理由が分からなくなります。

報道から知るかぎりですが、やはりまずは社会保障費抑制という目的があるように思います。そして、社会保障費抑制の無根拠さを、生活保護受給者に対する負の国民感情(不正受給者への批判、ワーキングプア層所得との不公平感など)で正当化しているように思います。この負の国民感情の源泉は、知識や実態とは無関係です。無関係であるがゆえにその感情は強いかたちで沸騰しているのかもしれません。弱いもの同士を対立させる社会が設計されていることに、悲しさを感じます。


参考にしたもの
▪️厚生労働省HP「2015年1月9日 第22回 社会保障審議会生活保護基準部会 議事録」
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000074329.html

▪️岩永理恵「生活保護制度における住宅扶助の歴史的検討」『大原社会問題研究所雑誌』(674)2014.12.
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/674/674-05.pdf

▪️みわよしこ「住宅扶助・冬季加算の引き下げをめぐる攻防(上)減額へと誘導する厚労省の“統計マジック”―政策ウォッチ編・第89回(上)」『生活保護のリアル』
http://diamond.jp/articles/-/64905

▪️みわよしこ「住宅扶助・冬季加算の引き下げをめぐる攻防(下)減額へと誘導する厚労省の“統計マジック”―政策ウォッチ編・第90回(下)」『生活保護のリアル』
http://diamond.jp/articles/-/64817

▪️金並詩明・園田眞里子「自閉症スペクトラム障害のバリアフリー環境に関する研究」『日本建築学会計画系論文集』77(626)2012.6.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/77/676/77_1325/_pdf

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